神奈川県立福祉機構(仮称)説明会の感想(職員投稿)
20250117 神奈川県立福祉機構(仮称)説明会 感想(PDF)
神奈川県立福祉機構(仮称)説明会の感想(職員投稿)
〜不都合な事実は隠したまま、定型発達者の価値観を押し付ける〜
2025年(令和7年)1月17日、福祉職全員に対し、神奈川県立福祉機構(仮称)に関する説明会が実施されました。現在も神奈川県立福祉機構(仮称)のポータルサイトにこの説明会の動画と資料が掲載され、アンケート集計がなされています。この内容を見ての感想を述べたいと思います。
園での深刻な職員への実態・職員感情の記載なし
全般的な構成として、今までの中井やまゆり園の取り組みについて、現場の職員がどのように受け止めて来たのか、現場にどのような影響があったのか、当局に都合の良い記載しかされていないというのが率直な印象です。
職員アンケート結果に触れず
改革が現場に及ぼしている影響について、1月25日の東京新聞でアンケートの自由記載内容が開示請求され記事に掲載されました。1月24日の厚生常任委員会では委員から「園職員と、アドバイザーを含む県本庁の信頼関係が全く築けていない」などと批判されています。2023年度のアンケートでもハラスメントを訴える声が複数あったにもかかわらず、県が事実確認や職員への支援をせずに事実上の放置も明らかとなり、「そのせいで事態が悪化した」「アドバイザーの言うことが全て、という雰囲気は変えるべきだ」と指摘する委員もいたと報道されています。今回の説明会では、反省や総括はおろか「アンケート」があったこと自体、一切触れられていません。
労基署からの是正勧告
もう一つの問題として、1月25日の毎日新聞・朝日新聞などにおいて、中井やまゆり園の36協定違反について、労働基準監督署から令和6年12月9日付で是正勧告が出ているとの記事があります。このことについても、今回の説明会資料に一切記載がありません。なお、この新聞記事が出るまで1ヶ月以上の間、中井やまゆり園の現場職員に対し、管理監督者側からこのことについて何ら説明がありません。管理監督者が労働基準監督署の勧告をどのように受け止め、職員に対してどのような態度でいるのか、皆様の想像にお任せするばかりです。
科学的な知見がある支援方法に触れずに「福祉を科学する」という違和感
説明会の内容で疑問に感じたのは、「科学的な福祉の研究」の説明です。
前提として、中井やまゆり園は重度の知的障害がある利用者が生活する施設で、療育手帳でもA1(※1)を所持する利用者がかなりの割合を占めています。同時に、中井やまゆり園は強度行動障害対策事業の中核施設でもありました。激しい行動障害があった利用者が存在し、同時に自閉症スペクトラム障害を有する方も多くいます。
科学的知見に基づく支援をするというのであれば、エビデンスのあるプログラムを実践することが求められるのではと考えます。神経発達症(この中には自閉症スペクトラム障害が含まれます)に対するエビデンスのある療育プログラムは、英国の国立医療技術評価機構(NICE)のガイドラインによると、以下の手法が挙げられています。
①応用行動分析(ABA)に基づく介入、②早期スタートデンバーモデル(ESDM)、③親主導の言語・コミュニケーション介入、④TEACCHプログラム(※2)、⑤感覚統合療法。
特に、TEACCHプログラムはICF(※3)の考え方と共通するところが多く、他のスライドではICFの考え方を導入すると記載されているのに、海外ではエビデンスベースドプラクティスであるTEACCHプログラムに触れずにいるのは、大きな違和感を感じます。
逆に、当事者目線に立った支援を実現する、その中では「やさしさ、あたたかさ」というものを考えていこうとしています。これらをどうやって科学的知見に基づいて定義し、計量化し、根拠を持った支援とするのでしょう? 科学的に検討できる手法を伺いたいものです。
構造化された環境が地域にないから移行できない
苦しみを抱え行き場の無い利用者が増える危惧
さらに大きな問題だと感じたのは、「園の取組③生育歴から本人を理解し共感する(2)」というスライドの、「構造化された環境では、きっと施設の外に出ることはない」という決めつけです。構造化された環境が地域にないから移行できないのではないか、という視点に欠けます。
神奈川県は今後、自閉症スペクトラム障害の方に対し、ICFの背景要因、特に環境的要因に目を向けず、必要な配慮を行おうとしない。当局はそのようなメッセージを発していると感じました。
ICFの考え方からすれば、自閉症スペクトラム障害の方への支援として、構造化された環境を地域に広め、多くの方の理解を求めていくことが求められるのではないかと考えます。
このような県としての視点の偏りが、長生村事件の遠因に当たるのではないか、このままでは同じような苦しみを抱えている利用者の行き場が神奈川県内ではさらになくなるのではないかと危惧をしています。
総括して言えば、今回の説明は、今までの県本庁やアドバイザーの主張を、都合の良い部分だけ提示し、実際にエビデンスがある支援については触れずにこれから福祉の研究を行う、と言っているに等しいものと筆者は受け取りました。そして、自閉症スペクトラム障害がある人に対して必要な支援について地域の理解を得ようとせず、定型発達と言われる人の当たり前をそうでない人に押し付けていくばかりの社会になるのではないかと危機感を抱いています。
このような改革が本当に県民や当事者のためになるのか
福祉職だけでなく全ての県職員に考えていただきたい
このような改革が本当に県民や当事者のためになるものか、福祉職の皆様だけではなく、すべての県職員に考えていただければと思います。また、中井やまゆり園がどのような状態にあるのか、実情を知りたい方は、神奈川県立福祉機構(仮称)のポータルサイトから、当局に要望をすることが可能です。知りたい情報を質問していただければと思います。
(匿名での職員投稿記事)
(※1)療育手帳A1:障害等級は障害の程度によって、A1(最重度)、A2(重度)、B1(中度)、B2(軽度)の4つに認定さ、A1は最重度の知的障害(IQ20以下)。日常生活を送るうえで常に援助を必要とし言葉でのコミュニケーションも難しい傾向にある。
(※2)TEACCHプログラム:「Treatment and Education of Autistic and related Communication-handicapped CHildren」の略で「自閉症及び、それに準ずるコミュニケーション課題を抱える子ども向けのケアと教育」という意味。米ノースカロライナ州で1972年以来行われているASD(自閉スペクトラム症)の当事者とその家族を対象とした生涯支援プログラム。このプログラムは人生を通して行われるもので、「自閉スペクトラム症児の診断・評価」「構造化を特徴とした療育プログラム」「家族・支援者サポート」「就労支援」など様々なサービス群から成立。自治体と大学が主体となり、研究機関・専門家・家族・本人・地域コミュニティが一体となってプログラムを運用。その理念、成果には注目が集まり世界的にその枠組が広がっている。
(※3)ICF:International Classification of Functioning, Disability and Healthの略。国際生活機能分類。人間のあらゆる健康状態に関係した生活機能状態から、その人を取り巻く社会制度や社会資源までをアルファベットと数字を組み合わせた方式で分類し表現しようとしたもの。ICF(国際生活機能分類)は、生活機能というプラスの側面からも注目するように視点を転換し、さらに環境因子の観点が加わったことが特徴。
2025年2月3日